帝王切開と私の関係
日本語訳の「帝王切開」はドイツ語の「Kaiserschnitt」の翻訳が最初と言われ、ドイツ語の「Kaiser=皇帝」、「Schnitt=手術」よりの訳語である。 語源として現在もっとも有力な説は、古代ローマにおいて妊婦を埋葬する際に胎児をとり出す事を定めたLex Caesareaにあるとされている。さらに「Kaiserschnitt」の語源であるラテン語の「sectio caesarea」は「切る」と言う意味の単語二つが、重複している。これが各言語に翻訳されるにあたり、「caesarea」を本来の「切る」という意味ではなく、カエサルと勘違いしたのが誤訳の原因であるという説[1]もある。
そのほかの現在は誤っているとされる語源の説として
* ガイウス・ユリウス・カエサルがこの方法によって誕生したということから。
* 中国の皇帝は占星術によって、母子の状態に関係なく誕生日を決められていたため、誕生日を守るために切開で出産していたとされることから。
* シェークスピアの戯曲「マクベス」の主人公であるスコットランド王マクベスは、前の王を暗殺して帝王となったが、「女の股から生まれた人間には帝王の座は奪われない」との占いを聞き、大いに喜んだ。しかし前王の子らが国内の貴族たちと協同してマクベス打倒の戦いを起こし、敵将との決闘の際、マクベスがこの占いの話をしたところ、「俺は母親の腹を割かれて生まれてきた」と返された上で殺され、前の王の子が新たな帝王になった。という話から。
元々古代ローマでは、分娩によって死亡した母体の体内から胎児を取り出すだけのものであった。また、アフリカのウガンダ辺りの少数民族では、古来より帝王切開による分娩が行われていたという形跡も発見されている。ヨーロッパでは19世紀頃に一般に行われるようになったが、初期の頃は帝王切開の手術予後はよくなく、80%以上の割合で施行後に妊婦は死亡していた。20世紀に入り滅菌法が発見され、手術管理が徹底されることで完成し、産科学の土台とも言える手術として現在に至る。
日本で最初の帝王切開は現在の埼玉県飯能市で江戸時代の嘉永4年(1852年)に、飯能の医者岡部均平と秩父市の医者伊古田純道により行われ、胎児は死亡したが、母体は助かり88歳まで生存した。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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